2013年3月5日火曜日

この時代にはいろいろの

 この時代にはいろいろの怪しい伝説が信じられていた。
この銀杏の精もときどきに小児に化けて、往来の人の提灯の火を取るという噂があった。又ある人がこの樹の下を通ろうとすると、御殿風の大女房が樹梢に腰をかけて扇を使っていたとも伝えられた。ある者は暗闇で足をすくわれた。ある者は襟首を引っ掴んでほうり出された。こういう奇怪な伝説をたくさん持っている化け銀杏の下に立ったときに、忠三郎は急に薄気味悪くなった。昼間は別になんとも思わなかったのであるが、寒い雨の宵にここへ来かかって、かれの足は俄かにすくんだ。しかし今更引っ返すわけにも行かないので、彼はこわごわにその樹の下を通り過ぎようとする途端である。氷のような風が梢からどっと吹きおろして来たかと思うと、かれのすくめた襟首を引っ掴んで、塀ぎわの小さい溝のふちへ手ひどく投げ付けた者があった。忠三郎はそれぎりで気を失ってしまった。  風は再びどっと吹きすぎると、化け銀杏は大きい身体をゆすって笑うようにざわざわと鳴った。 東大阪市 歯科 歯医者 クリニック 忠言は耳に逆らう - FrontPage