2012年6月21日木曜日

歩行くともなく話しながらも


 歩行くともなく話しながらも、男の足は早かった。と見ると、二人から十四五間、真直に見渡す。――狭いが、群集の夥しい町筋を、斜めに奴を連れて帰る――二個、前後にすっと並んだ薄色の洋傘は、大輪の芙蓉の太陽を浴びて、冷たく輝くがごとくに見えた。
 水打った地に、裳の綾の影も射す、色は四辺を払ったのである。
「やあ、居る……」
 と、思わず初阪が声を立てる、ト両側を詰めた屋ごとの店、累り合って露店もあり。軒にも、路にも、透間のない人立したが、いずれも言合せたように、その後姿を見送っていたらしいから、一見赤毛布のその風采で、慌しく(居る、)と云えば、件の婦に吃驚した事は、往来の人の、近間なのには残らず分った。
 意気な案内者大に弱って、
「驚いては不可ません。天満の青物市です。……それ、真正面に、御鳥居を御覧なさい。」
 はじめて心付くと、先刻視めた城に対して、稜威は高し、宮居の屋根。雲に連なる甍の棟は、玉を刻んだ峰である。
 向って鳥居から町一筋、朝市の済んだあと、日蔽の葭簀を払った、両側の組柱は、鉄橋の木賃に似て、男も婦も、折から市人の服装は皆黒いのに、一ツ鮮麗に行く美人の姿のために、さながら、市松障子の屋台した、菊の花壇のごとくに見えた。
「音に聞いた天満の市へ、突然入ったから驚いたんです。」
「そうでしょう。」
 擦違った人は、初阪の顔を見て皆笑を含む。


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