2012年6月21日木曜日

私は旅行をした効があると思った


「私は旅行をした効があると思った。
 声は届かないけれども、趣でよく分る。……両手を働かせながら、若手代は、顔で教えて、ここは可い、自分が介抱するから、あっちへ行って芝居を見るように、と勧めるんです。娘が肯かないのを、優しく叱るらしく見えると、あいあいと頷く風でね、老年を勦る男の深切を、嬉しそうに、二三度見返りながら、娘はいそいそと桟敷へ帰る。その竹の扉を出る時、ちょっと襟を合せましたよ。
 私も帰った。
 間もなく、何、さしたる事でもなかったろう。すぐに肩癖は解れた、と見えて、若い人は、隣の桟敷際へ戻って来て、廊下へ支膝、以前のごとし。……
 真中へ挟った私を御覧。美しい絹糸で、身体中かがられる、何だか擽い気持に胸が緊って、妙に窮屈な事といったらない。
 狂犬がむっくり、鼻息を吹直した。
(柿があるか、剥けやい、)と涎で滑々した口を切って、絹も膚にくい込もう、長い間枕した、妾の膝で、真赤な目を※くと、手代をじろり、さも軽蔑したように見て、(何しとる? 汝ゃ!)と口汚く、まず怒鳴った。


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