2012年6月7日木曜日

氷店の白粉首にも

氷店の白粉首にも、桜木町の赤襟にもこれほどの美なるはあらじ、ついぞ見懸けたことのない、大道店の掘出しもの。流れ渡りの旅商人が、因縁は知らずここへ茣蓙を広げたらしい。もっとも総曲輪一円は、露店も各自に持場が極って、駈出しには割込めないから、この空地へ持って来たに違いない。それにしても大胆な、女の癖にと、珍しがるやら、怪むやら。ここの国も物見高で、お先走りの若いのが、早や大勢。  婦人は流るるような瞳を廻らし、人だかりがしたのを見て、得意な顔色。 「へい、鍍金は鍍金、ガラハギはガラハギ、品物に品が備わりませぬで、一目見てちゃんと知れる。どこへ出しても偽物でございますが、手前商いまする銀流しを少々、」と言いかけて、膝に着いた手を後へ引き、煙管を差置いて箱の中の粉を一捻し、指を仰向けて、前へ出して、つらりと見せた。 「ほんの纔ばかり、一撮み、手巾、お手拭の端、切ッ屑、お鼻紙、お手許お有合せの柔かなものにちょいとつけて、」  婦人は絹の襤褸切に件の粉を包んで、俯向いて、真鍮の板金を取った。  お掛けなさいまし、お休みなさいましと、間近な氷店で金切声。夜芝居の太鼓、どろどろどろ、遥に聞える観世物の、評判、評判。 SEO対策としての被リンク | 見かけたら戸惑うこと間違いなし 朱に交われば赤くなる -