2012年6月8日金曜日

お雪は曳いて、曳き動かして


お雪は曳いて、曳き動かして、
「どうしましょう、あれ、早く貴方、貴方。」
拓は動じないで、磐石のごとく坐っているので、思わず手を放して、一人で縁側へ出たが、踏辷ったのか腰を突いた。しばらくは起きも得なかったが、むっくと立上ると柱に縋って、わなわなと顫えた。ただ森として縁板が颯と白くなったと思うと、水はひたひたと畳に上った。
「ええ、」といって学士も立った。
「可恐しい早さだ、放すな!」と滝太郎は背をお雪に差向ける。途端に凄じい音がして、わっという声が沈んで聞える。
「お雪! お雪。」
学士も我を忘れて助を呼んだのである。
「あれ、若様、拓さんは、拓さんは目が見えません。」
「うむ、」
「助けて下さい、拓さんは目が見えません。」
「二人じゃあ不可ねえや、」
「内の人を、私の夫を。」
「おいら、お前でなくっちゃあ、」
「厭、厭ですよ、厭ですよ、」と、捕うる滝太郎の手を摺抜ける。
「だって、汝の良人なら、おいらにゃあ敵だぜ。」
「私は死んでしまいます。」
「へへ、駄目だい、」と唾するがごとく叫んで、滝太郎は飛んで拓に来た。
「滝だ、大丈夫だ。」
「お雪には義理があるんです、私に構わず、」といって、学士は身を退って壁にひたりと背をあてた。
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