2012年6月7日木曜日

人間ではあるまい


 人間ではあるまい。鳥か、獣か、それともやっぱり土蜘蛛の類かと、訪ねると、……その頃六十ばかりだった織次の祖母さんが、
「あれはの、二股坂の庄屋殿じゃ。」といった。
 この二股坂と言うのは、山奥で、可怪い伝説が少くない。それを越すと隣国への近路ながら、人界との境を隔つ、自然のお関所のように土地の人は思うのである。
 この辺からは、峰の松に遮られるから、その姿は見えぬ。最っと乾の位置で、町端の方へ退ると、近山の背後に海がありそうな雲を隔てて、山の形が歴然と見える。……
 汽車が通じてから、はじめて帰ったので、停車場を出た所の、故郷は、と一目見ると、石を置いた屋根より、赤く塗った柱より、先ずその山を見て、暫時茫然として彳んだのは、つい二、三日前の事であった。
 腕車を雇って、さして行く従姉の町より、真先に、
「あの山は?」
「二股じゃ。」と車夫が答えた。――織次は、この国に育ったが、用のない町端まで、小児の時には行かなかったので、唯名に聞いた、五月晴の空も、暗い、その山。
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