「ああい、見えなくなった目でも、死ねば仏様が見られるかね。」
「おお、見られるとも、のう。ありがたや阿弥陀様。おありがたや親鸞様も、おありがたや蓮如様も、それ、この杖に蓮華の花が咲いたように、光って輝いて並んでじゃ。さあ、見さっしゃれ、拝まっさしゃれ。なま、なま、なま、なま、なま。」
「そんなものは見とうない。」
と、ツト杖を向うへ刎ねた。
「私は死んでも、旦那さんの傍に居て、旦那さんの顔を見るんだよ。」
「勿体ないぞ。」
と口のうちで呟いて、爺が、黒い幽霊のように首を伸して、杖に縋って伸上って、見えぬ目を上ねむりに見据えたが、
「うんにゃ、道理じゃ。俺も阿弥陀仏より、御開山より、娘の顔が見たいぞいの。」
と言うと、持った杖をハタと擲げた。その風采や、さながら一山の大導師、一体の聖者のごとく見えたのであった。
大正十二(一九二三)年一月
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