彼は素早く足を縮めて、相手の武器を飛び越えると、咄嗟に腰の剣を抜いて、牛の吼えるような声を挙げた。そうしてその声を挙げるが早いか、無二無三に相手へ斬ってかかった。彼等の剣は凄じい音を立てて、濛々と渦巻く煙の中に、二三度眼に痛い火花を飛ばせた。
しかし美貌の若者は、勿論彼の敵ではなかった。彼の振り廻す幅広の剣は、一太刀毎にこの若者を容赦なく死地へ追いこんで行った。いや、彼は数合の内に、ほとんど一気に相手の頭を斬り割る所まで肉薄していた。するとその途端に甕が一つ、どこからか彼の頭を目がけて、勢い好く宙を飛んで来た。が、幸それは狙いが外れて、彼の足もとへ落ちると共に、粉微塵に砕けてしまった。彼は太刀打を続けながら、猛り立った眼を挙げて、忙わしく家の中を見廻した。見廻すと、裏手の蓆戸の前には、さっき彼に後を見せた、あの牛飼いの若者が、これも眼を血走らせたまま、相手の危急を救うべく、今度は大きな桶を一つ、持ち上げている所であった。
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