2012年9月6日木曜日
だが危いぞ
「そうか。……だが危いぞ。おれはピストルを持っているけれど……」
「なーに、平気ですよ」
折井刑事と私とは、一歩一歩用心しながら建物の中に入った。樽の間を探してみたが、何も居ない。――刑事は頤をしゃくった。その方角に梯子段が斜めに掛っていた。
(階段をのぼるのだな)
と私は思った。そのとき突然に、刑事の懐中電灯が消えた。
階段を一歩一歩、息を殺し、足音を忍んで上っていった。いまにも何処かの隅から、ピストルが轟然と鳴りひびきそうだった。
そのとき、折井刑事が私の腕をひっぱった。そして耳の傍に、やっと聞きとれる位の声で囁いた。
「二階に手が届くようになったから、一度懐中電灯をつけて見る。ピストルの弾丸が飛んでくるかも知れないが動いちゃいけない。その後で懐中電灯を消すから、その隙に階上へとびあがるのだ。わかったかネ」
私は低声で「判りました」と返事した。私を縛ろうとした刑事と、同じ味方となって相扶け相扶けられながら殺人鬼に迫ってゆくのだ。なんと世の中は面白いことよ。
折井刑事が、また一段上にのぼった。するとサッと一閃、懐中電灯が二階の天井を照した。灯は微かに慄えながら、天井を滑り下りると、壁を照らした。それから四囲の壁を、グルグルと廻った。――しかし予期した銃声は一向鳴らない。途端にパッと灯が消えた。
(今だ!)
私は階上に駈け上った。その拍子に、いやというほど、グラグラするものに身体をぶっつけた。見当を違えて、樽にぶっつかったものらしい。
十秒、十五秒……。
パッと懐中電灯が点った。しかし何も音がしない。
(さては、自分の思いちがいだったのか)
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