将一噬みに……」ト思ひしが。有繋義を知る獣なれば、眠込みを噬まんは快からず。かつは誤りて他の狐ならんには、無益の殺生なりと思ひ。やや近く忍びよりて、一声高く「聴水」ト呼べば、件の狐は打ち驚き、眼も開かずそのままに、一間ばかり跌※んで、慌しく逃げんとするを。逃がしはせじと黄金丸は、※叫んで追駆るに。彼方の狐も一生懸命、畠の作物を蹴散らして、里の方へ走りしが、只ある人家の外面に、結ひ繞らしたる生垣を、閃と跳り越え、家の中に逃げ入りしにぞ。続いて黄金丸も垣を越え、家の中を走り抜けんとせし時。六才ばかりなる稚児の、余念なく遊びゐたるを、過失て蹴倒せば、忽ち唖と泣き叫ぶ。その声を聞き付て、稚児の親なるべし、三十ばかりなる大男、裏口より飛で入しが。今走り出でんとする、黄金丸を見るよりも、さては此奴が噬みしならんト、思ひ僻めつ大に怒て、あり合ふ手頃の棒おつとり、黄金丸の真向より、骨も砕けと打ちおろすに、さしもの黄金丸肩を打たれて、「呀」ト一声叫びもあへず、後に撲地と倒るるを、なほ続けさまに打ちたたかれしが。やがて太き麻縄もて、犇々と縛められぬ。その間に彼の聴水は、危き命助かりて、行衛も知らずなりけるに。黄金丸は、無念に堪へかね、切歯して吠え立つれば。「おのれ人間の子を傷けながら、まだ飽きたらで猛り狂ふか。憎き狂犬よ、今に目に物見せんず」ト、曳立て曳立て裏手なる、槐の幹に繋ぎけり。
バストあっぷるん 動画