2012年6月7日木曜日
が、雨垂とも、血を吸膨れた蚊が
が、雨垂とも、血を吸膨れた蚊が一ツ倒れた音とも、まだ聞定めないで現でいると、またぽたり……やがて、ぽたぽたと落ちたるが、今度は確に頬にかかった。
やっと冷たいのが知れて、掌で撫でると、冷りとする。身震いして少し起きかけて、旅僧は恐る恐る燈の影に透したが、幸に、血の点滴ではない。
さては雨漏りと思う時は、蚊帳を伝って雫するばかり、はらはらと降り灌ぐ。
耳を澄ますと、屋根の上は大雨であるらしい。
浮世にあらぬ仮の宿にも、これほど侘しいものはない。けれども、雨漏にも旅馴れた僧は、押黙って小止を待とうと思ったが、ますます雫は繁くなって、掻巻の裾あたりは、びしょびしょ、刎上って繁吹が立ちそう。
屋根で、鵝鳥が鳴いた事さえあると聞く。家ごと霞川の底に沈んだのでなかろうか。……トタンに額を打って、鼻頭に浸んだ、大粒なのに、むっくと起き、枕を取って掻遣りながら、立膝で、じりりと寄って、肩まで捲れた寝衣の袖を引伸ばしながら、
「もし、大分漏りますが、もし葉越さん。」
と呼んだが答えぬ。
目敏そうな人物が、と驚いて手を翳すと、薄の穂を揺るように、すやすやと呼吸がある。
「ああ、よく寝られた。」
と熟と顔を見ると、明の、眦の切れた睫毛の濃い、目の上に、キラキラとした清い玉は、同一雨垂れに濡れたか、あらず。……
来方は我にもあり、ただ御身は髪黒く、顔白きに、我は頭蒼く、面の黄なるのみ。同一世の孤児よ、と覚えずほうり落ちた法師自身の同情の涙の、明の夢に届いたのである。
四辺を見ると、この人目覚めぬも道理こそ。雨の雫の、糸のごとく乱れかかるのは、我が身体ばかりで、明の床には、夜をあさる蚤も居らぬ。
南無三宝、魔物の唾じゃ。
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