2012年6月23日土曜日

では、――ちょっと

「では、――ちょっと、……掃除番の目ざとい爺やが一人起きましたから、それに言って、心得さす事がありますから。」と軽く柔にすり抜けて、扉の口から引返す。……客に接しては、草履を穿かない素足は、水のように、段の中途でもう消える。……宵に鯊を釣落した苦き経験のある男が、今度は鱸を水際で遁した。あたかもその影を追うごとく、障子を開けて硝子戸越に湖を覗いた。  連り亘る山々の薄墨の影の消えそうなのが、霧の中に縁を繞らす、湖は、一面の大なる銀盤である。その白銀を磨いた布目ばかりの浪もない。目の下の汀なる枯蘆に、縦横に霜を置いたのが、天心の月に咲いた青い珊瑚珠のように見えて、その中から、瑪瑙の桟に似て、長く水面を遥に渡るのは別館の長廊下で、棟に欄干を繞した月の色と、露の光をうけるための台のような建ものが、中空にも立てば、水にも映る。そこに鎖した雨戸々々が透通って、淡く黄を帯びたのは人なき燈のもれるのであろう。 被リンク レンタルサーバーの進化形-IP分散-SEOサーバー|若葉サーバー【公式】