2012年6月6日水曜日

小次郎法師は、掛茶屋の庇から


 小次郎法師は、掛茶屋の庇から、天へ蝙蝠を吹出しそうに仰向いた、和郎の面を斜に見遣って、
「そう、気違いかい。私はまた唖ででもあろうかと思った、立派な若い人が気の毒な。」
「お前様ね、一ツは心柄でござりますよ。」
 媼は、罪と報を、且つ悟り且つあきらめたようなものいい。
「何か憑物でもしたというのか、暮し向きの屈託とでもいう事か。」
 と言い懸けて、渋茶にまた舌打しながら、円い茶の子を口の端へ持って行くと、さあらぬ方を見ていながら天眼通でもある事か、逸疾くぎろりと見附けて、
「やあ、石を噛りゃあがる。」
 小次郎再び化転して、
「あんな事を云うよ、お婆さん。」
「悪い餓鬼じゃ。嘉吉や、主あ、もうあっちへ行かっしゃいよ。」
 その本体はかえって差措き、砂地に這った、朦朧とした影に向って、窘めるように言った。
 潮は光るが、空は折から薄曇りである。
 法師もこれあるがために暗いような、和郎の影法師を伏目に見て、
「一ツ分けてやりましょうかね。団子が欲しいのかも知れん、それだと思いが可恐しい。ほんとうに石にでもなると大変。」



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