紅白の幕に同じ紅白の吹流しを立てて、赤く桜を染めぬいたお揃いの手拭で、鉢巻きをした船頭が二三人櫓と棹とで、代る代る漕いでいる。それでも船足は余り早くない。幕のかげから見える頭数は五十人もいるかと思われる。橋をくぐる前までは、二梃三味線で、「梅にも春」か何かを弾いていたが、それがすむと、急に、ちゃんぎりを入れた馬鹿囃子が始まった。橋の上の見物がまた「わあっ」と哂い声を上げる。中には人ごみに押された子供の泣き声も聞える。「あらごらんよ、踊っているからさ」と云う甲走った女の声も聞える――船の上では、ひょっとこの面をかぶった背の低い男が、吹流しの下で、馬鹿踊を踊っているのである。
ひょっとこは、秩父銘仙の両肌をぬいで、友禅の胴へむき身絞りの袖をつけた、派手な襦袢を出している。
ウィルゲート 天才になるのに遅すぎることはない