もとよりこの写実は、近代的な、個性を重んずる写生と同じではない。一個の人を写さずして人間そのものを写すのである。芸術の一流派としての写実的傾向ではなくして芸術の本質としての写実なのである。この像のどの点をとってみても、そこに人体を見る眼の不足を思わせるものはない。すべてが透徹した眼で見られ、その見られたものが自由な手腕によって表現せられている。がその写実も、あらゆる偉大な古典的芸術におけるごとく、さらに深いある者を表現するための手段にほかならない。もし近代の傑作が一個の人を写して人間そのものを示現しているといえるならば、この種の古典的傑作は人間そのものを写して神を示現しているといえるであろう。だからあの肩から胸への力強いうねりや、腕と手の美しい円さや、すべて最も人らしい形のうちに、無限の力の神秘を現わしているのである。
Blog - 穏便な言い訳これで問題なし