2012年11月19日月曜日

「ああ、そうですか」

「ああ、そうですか」  東屋氏は、再び双眼鏡を覗き込む。  雲の切れ目から陽光が洩れると、潮の林が鮮かに浮きあがる。どうやら仔鯨を連れて北へ帰る、抹香鯨の一群らしい。船は、快いリズムに乗って、静かに滑り続ける。  やがて一時間もすると、無電の効果が覿面に現れた。最初右舷の遥か前方に、黒い小さな船影がポツンと現れたかと思うと、見る見る大きく、捕鯨船となって、その鯨群を発見けてか、素晴らしい速力で潮の林へ船首を向けて行った。 「さア、あの船に感づかれないように、もっと、うんとスピードを落して下さい」  隼丸は、殆んど止まらんばかりに速度を落した。人々は固唾を呑んで双眼鏡を覗いた。捕鯨船は、見る見る鯨群に近付いて、早くも船首にパッと白煙を上げると、海の中から大きな抹香鯨の尻穂が、瞬間跳ね曲って、激しい飛沫を叩きあげた。――しかし、人々は、苦笑しながら双眼鏡を外した。その船は、釧路丸ではなかったのだ。 「どうも、仕方がないですな。しかし、違犯行為はありませんか?」 「まア見てやって下さい。間違いないようですよ」  やがて捕鯨船は、両の舷側に大きな獲物を浮袋のようにいくつも縛りつけて、悠々と引きあげて行った。

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