2012年6月17日日曜日

「ほんに。」

「ほんに。」
「いや、一台は、そのまま。幌は掛けたまま頼むよ。」
笠を預けて出たんです。が、今おもっても、冷汗が流れます。この俥をかえしていたら、何の面目があって、世にお目に掛かられよう。
見て下さい。――曲りくねった長い廊下を、そうでしょう、すぐ外は線路だという、奥の奥座敷へ通って、ほとんど秘密室とも思われる。中は広いのに、ただ狭い一枚襖を開けると、どうです。歓喜天の廚子かと思う、綾錦を積んだ堆い夜具に、ふっくりと埋まって、暖かさに乗出して、仰向けに寝ていたのが、
「やあ。」
という、
枕が二つ。……
「これはおいでなさい。」
眉の青い路之助が、八反の広袖に、桃色の伊達巻で、むくりと起きて出たんですから。
「遅いので、何のおもてなしも。……さ、さ、蜜柑でも。」
片寄せた長火鉢の横で、蜜柑の皮。筋を除る、懐紙の薄いのが、しかし、蜘蛛の巣のように見えた。


除霊・浄霊・霊視・憑依性 うつ病・統合失調症は権現堂へ きゅるる by kouin